当店紹介

当店紹介

姫丸の一夜干し」ができるまで

姫丸は明治・大正・昭和初期イワシ漁網元船主、昭和~平成15年まで大型沖合底曳網漁船(第一姫丸・県内最大49t)船主として漁業と織物製造業を営む。
明治~昭和初期、海産物商として イワシの干物 干しアワビ 干しナマコ等加工品も製造販売、神戸・上海に出荷。東家120年竹串で作る、姫丸歴代ばあちゃんたちの『能登の一夜干し食文化』。
『石川県内 一番高い 一夜干し』(鮮度・質・減塩・味・形・消費期限短期 日本で一番かも!)を全国販売。

食事処・姫丸カフェで味わう姫丸の一夜干し

東家に明治から受け継がれてきた『120年前の竹串を使っての一夜干し食文化』
一夜干し3品を順次焼き上げ、ゆっくり味わっていただく一夜干しフルコース。⇒ 姫丸美術館&食事処・姫丸カフェのご案内

※現在「姫丸美術館&食事処・姫丸カフェ」は休業しております。ご了承ください。

姫丸の由来

おひめさま

第一姫丸

「おひめさま」にふさわしい第一姫丸

東家は明治期より代々船主の家(屋号 ジロスケ 屋号印 ㊁)でした。
雄々しい船名付ける底曳船の中、歴代船は第一姫丸、第六姫丸(2隻所有時は同型兄弟船)を継承。
第弐姫丸、第八姫丸、第二十一姫丸と全国でも珍しい女性の名前でした。
まさに「おひめさま」

アクセス

店主ぷろふぃ~る

店主

姫丸の一夜干し・姫丸美術館・姫丸カフェ
代表: 東 寿郎(ひがし としろう)

昭和
36年
彫刻家の父(小山由寿)、日本画家の母(小山静陽)の二男として京都市に生まれる。
昭和
57年
北嵯峨高校卒業後、関西学院大学商学部3 年生で結婚(3 人姉妹長女と)、東家の養子となる。甘~い新婚生活を兵庫県宝塚で過ごす。
昭和
59年
関学卒業と同時に妻の家業(沖合底曳網漁業、織物製造業)を継ぐ為、養父(当時68 歳。妻の父は早く亡くなり祖父が経営)に経営方法を徹底的にたたきこまれる。
昭和
60年
養父よりバトンを引き継ぎ、法人化(株アズマ)と同時に代表取締役になる。
大型底曳網漁船2 隻(第一姫丸、第六姫丸) 織物工場 2 工場
平成
元年
新造船 第一姫丸 大型底曳49t 鋼船 建造(全長30m 県内最大船)
平成
2年
工場新築 最新鋭織機 エアージェットルーム130 台 設置
平成
15年
負債8億円にて倒産。全財産(自宅、土地、工場、船舶)裁判所競売および処分。
平成
17年
明治、大正、昭和初期に使用した竹串で、東家に120 年伝わる一夜干し食文化を再現。
平成
18年
『 石川県内 一番高い 一夜干し 』を作る。(鮮度・減塩 日本で一番かも!)
平成
20年
北国新聞「羽咋の元船主 一夜干し特産化 再起」掲載 (マスメディア、新聞,テレビ取材)
◎地産地消 日曜テント市開市、異業種コラボで地域発信
平成
21年
朝日新聞(1/19)ひと立ち話 で「一夜干しに工夫重ね再起」で掲載
4月 NHK 夕方ニュース デジタル百万石で「祖母の味で再起」として放送
6月 羽咋市発行「広報はくい」に掲載
8月 北陸中日新聞掲載(純白高砂ユリ満開群生の店舗庭と日曜テント市で地域発信)
10月 総務省取材(滝町日曜テント市を全国のモデル事例)。テレビ金沢「大漁旗と一夜干し」取材放送。
12月 「日曜テント市1 周年」新聞各紙、羽咋市お知らせ 掲載
平成
22年
姫丸美術館・カフェをオープン。一夜干しフルコース食べられる食事処も併設。(新聞、テレビ、各冊子取材)
平成
23年
姫丸美術館 春の企画展 夏の企画展 秋の企画展 特別展を企画展示(新聞、テレビ、各冊子取材)
平成
24年
『姫丸の一夜干し』『姫丸』商標登録
平成
25年
『文化人・著名人がお忍びで来る美術館』として 季節の企画展 展示
平成
26年
企画展(春3/17~5/20・夏6/2~7/31・秋9/25~11/30) 『能登の一夜干し食文化と芸術文化』を全国発信
平成
27年
 『完全無加塩一夜干し』開発・石川ブランド製品認定羽咋市ふるさと寄付特産品採用
姫丸特別展
平成28年 冷凍庫導入・冷凍商品の販売開始。
平成29年 『活きている一夜干し』作りを追い求める。
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